バレーボール男子日本代表のオポジット、西田有志(20)=ジェイテクト=が23日、本紙の電話取材に応じた。昨秋のW杯でベストサーバー賞を獲得し、2019~20年シーズンのVリーグでは史上初の日本人得点王に。昨季のバレー界で最も輝いた新星左腕は、緊急事態宣言の渦中で何を思うのか。制限された中での練習状況や、1年後に延期となった東京五輪への思いを聞いた。
―4月6日まで日本代表合宿だったが、それ以降の練習状況は
西田「チームでの練習は愛知で緊急事態宣言が出るまでで、今は体育館を個人利用という形でやるよう言われ、少人数で時間を区切って使っています」
―そうなると6対6の実戦形式等は
「全くやれていない。練習はサーブとか、個人でやることしか…。アタック練習も全くしていません。守備の練習は適度な距離があるのでやっていますけれど。やれることは限られています」
―国内外での大会も中止に
「ここまで試合のスパンが空くのが、新しい感覚。本当なら今は国際試合をやっている最中だけど、それもなくなった。ここまでバレーをやれていないのは初めて。だから今は体をつくることに着目しています」
―19~20年はブレークの年。その勢いが途切れてしまう恐れは
「僕は全く思っていない。ここからどう勢いを増すのか、しか考えていません。ネガティブなことを考えてもマイナスなことしかない。だから自分のプレーなり、考え方をプラスに持っていくよう考えています」
―代表合宿の再開もめどが立たない
「そうですね、緊急事態宣言も延びると思いますし。僕は合宿ができないからと言ってマイナスになるんじゃなくて、自分なりの合宿ができると思っていて。バレーだけじゃなく、それ以外のところで自分をどう上げていくのか、というのを考え、それがモチベーションになっています」
―自分なりの合宿とは
「走り込みだったり、ボールが触れるなら触って。自分の体にどう負荷をかけるか、というのは何かしらできると思う」
―今までできていなかったことをやる期間
「それが一番。それができるようになって五輪に臨むのが一番いい。全然やる気はあります。これができるようになった、ということをつくる時間なのかな、と。今、筋肉は増えています。肉体的にだいぶ追い込んでいるので。食事も結構食べますし、筋トレもいい状態を保っている。運動したり、心肺機能も鍛えたりしている。全身を鍛えていると思います」
―アスリートとして今できることは
「SNS上でも『今、体を鍛えるには何ができますか』という質問が来ますし、それに答えることは大切。それ以外のところで、今は本当に励まし合わないといけない。家にいると小さいことでもストレスに感じたりとかもあると思う。自分たちが何かして解消したりとか、自分たちはそういう影響力があるポジション。そういう取り組みもやらないと。自分たちが元気な姿を見せて、ファンの人を元気にさせる。それをやるしかない。今後はとりあえず、元気な姿を見せることが一番。ブログを更新したり、SNSで触れ合いをしたり」
―3月にマネジメント事務所に所属したのは
「やりたいことがたくさんあるから。バレーを知ってもらうために、バレー以外のことに携わる機会をつくりたいと思って。いろんなところで行動して、バレーをやりたいという子を増やしたい」
―バレーボールの未来に対して危機感がある
「バレーのチーム数や子どもたちがやれる場所が限られているのが現実。どうにかして少しでも増やせるような形を作りたい。中学校のクラブチームも下火になっているので。どうバレーを発展させていくのか。そういうのは結構、考えます」
―東京五輪後のバレーボール界が気になる
「気になります。いろんなところとのつながりを持っておかないと、正直、終わる気がする。危機感を持たないと。その分、いい形の緊張感をずっと持てると思う。そのくらいの考えを持ってやるのが、自分にとっては一番なのかな」
―その東京五輪も1年延期となった
「最初はすごく戸惑いがありましたが、今は考えがスッキリしています。次にどうつなげるのか、ここからどうパフォーマンスを上げるのか。これを乗り越えたらいいことしかないし、これ以上に悪いことはない。これをどう自分にとってプラスにするのか、日々、思っている。(五輪でメダル獲得の目標も)ずっと崩さないようにしています」
―4月までの代表合宿での手応えは
「どれだけ自分が追い込めるのかっていうのがすごく試された場。練習内容もすごく良くて、五輪があったので、みんなが死に物狂いでやっていた。空気は違うと思ったけれど、自分はそれにはのまれなかったですね。縮こまってしまったら終わると思ったので」
―最後に、コロナ終息後にしたいこととは
「バレーボールです。今一番バレーボールがしたいですね」
▼西田有志(にしだ・ゆうじ) 2000(平成12)年1月30日生まれ、三重県いなべ市出身の20歳。186センチ、82キロ。左利き。5歳で地元のジュニアバレーボールチームの大安ビートルで競技を始め、大安中を経て三重・海星高へ。2年春に19歳以下日本代表としてアジアユース選手権に出場。18年1月からVリーグのジェイテクトでプレー、同年に日本代表初選出。19年W杯でベストサーバー賞。19~20年シーズンのVリーグで史上初の日本人得点王に輝き、ジェイテクトを初優勝に導いた。
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バレーボールニュース引用元:中日スポーツ

