引用元:スポーツ報知
2002年5月18日、岐阜・関市で行われたバレーボール女子日米対抗戦で、当時高校3年生の大山加奈(成徳学園高)が先発出場。17得点を挙げる活躍を見せ、米国に3―1で勝利に貢献し「緊張したけど、楽しくできた。持ち味は出せたかな」あどけなさの残る笑顔で胸を張った。栗原恵(三田尻女子高)も途中出場を果たした。
大山と栗原は、全日本のダブルエースに成長。「メグカナ」と呼ばれ、03年のW杯では12チーム制となってから当時最高の5位に導くなど、人気が爆発。00年シドニー五輪で出場権を逃すなど、低迷していた女子バレーに活力を与え、アテネ大会の出場権獲得につなげた。高校時代から注目を集め、早くから日本のバレーボール界を背負って立つ立場となっていたが、2人ともけがに泣かされた競技人生だった。
大山は持病の腰痛から07年以降は主だった結果を残せず、五輪出場はアテネ大会のみで10年に26歳で引退。アテネの代表監督だった柳本晶一氏は「夢を感じさせてくれた」と早期の引退を惜しんだ。栗原は09年に左膝半月板を断裂。12年ロンドン五輪の代表メンバーには入らず、メダルには手が届かずに19年に引退している。
2人と同世代の1984年度生まれでは、大山と成徳学園で同級生だった荒木絵里香(トヨタ車体)が代表の主将として、東京で4大会連続の五輪出場を目指す。
報知新聞社

