東京五輪&パラリンピック注目アスリート「覚醒の時」第7回 バレー・石川真佑 鮮烈な日本代表デビューを果たしたW杯(2019年)
【写真】石川真佑は敵将も認める「日本の宝」。低身長を補う対応力がすごい
アスリートの「覚醒の時」—-。
それはアスリート本人でも明確には認識できないものかもしれない。
ただ、その選手に注目し、取材してきた者だからこそ「この時、持っている才能が大きく花開いた」と言える試合や場面に遭遇することがある。
東京五輪での活躍が期待されるアスリートたちにとって、そのタイミングは果たしていつだったのか……。筆者が思う「その時」を紹介していく—-。
*** 最終戦の、最後のウイニングポイント――。まさに”有終の美”というべきスパイクが石川真佑から放たれた。
2019年9月29日、丸善インテックアリーナ大阪で行なわれたワールドカップバレー(W杯)女子大会の対オランダ戦。全11試合の最終戦は、エース・石井優希らの活躍で日本が2セットを連取し、第3セットも先行していたものの、オランダのエースが徐々に調子を上げたこともあってセットを奪われた。
第3セットでは後半で投入された石川だが、続く第4セットは早めの途中交代でコートに入る。相手ブロックを利用したスパイク、バックアタックなどで得点を重ねてオランダに傾きかけた流れを断ち切った。そしてマッチポイントから、セッターの宮下遥が上げた高いトスを打ち抜く。当時19歳の石川が、日本代表デビューの大会でブレイクしたことを象徴するような1本だった。
バレーボールの3大大会(オリンピック、世界選手権、W杯)の中で、1977年大会から日本で開催され続けてきたW杯(2023年大会は公募で開催国を決定)は、若手選手がニューヒロインとして脚光を浴びることが多い。2003年大会の”メグカナ(栗原恵、大山加奈)”は大ブームを巻き起こし、2015年大会の古賀紗理那もチーム最年少ながら攻守にわたる活躍を見せた。メグカナも古賀も、当時はVリーガー1年目。石川と同じ19歳だった。
ただ、シニアカテゴリーでデビューしたばかりの若手選手は格下相手の試合で起用され、先輩たちに助けてもらいながらプレーするのが定石だが、石川は逆だった。格下チーム相手にはあまり出番がなく、ロシアやアメリカなど強豪との試合や、劣勢の時に流れを変える役割を担って起用されるパターンが多かった。活躍が勝利に結びつかず、もどかしい思いもしただろうが、最後まで戦い抜いた。
石川は2000年5月に3人兄弟の末っ子として生まれ、6歳年上の姉と、今や日本男子の絶対エースである5歳年上の兄・祐希の影響で、小学3年時からバレーを始めた。小学校を卒業後は親元を離れて長野の強豪・裾花中学に進学。1年時からスタメンで活躍した。
そして、木村沙織ら多くの名選手を輩出してきた東京の名門・下北沢成徳高校でも1年生ながらレギュラーを掴み取り、2年先輩の黒後愛と共にコートに立った。3年時には主将として高校2冠(インターハイ、国体)を達成。2019年1月には東レ・アローズへの内定が発表され、3月にVリーグデビューを果たした。
石川真佑がルーキーの定石を覆す活躍。 W杯では逆境での起用に応えた
バレーボールニュース引用元:webスポルティーバ

