【あの日の五輪】計画なくして勝利なし…1964年の三宅義信(中)
引用元:スポーツ報知
現在、重量挙げの日本代表が練習拠点とする都内の味の素トレセンには、全身を大映しにする鏡やビデオ録画装置、再生用画面が備わっている。今では当たり前の環境も、三宅が第一線にいた60年前は大違い。「当時は小さい鏡しかなかった。どうしても自分を客観的に見ないとフォームが分からないんですね。何とか自分が上げている姿が見たいというわけで、ローマ五輪が終わった後の61年頃、借金をして『キヤノン・ズーム』というカメラを買ったんです」
当時の価格で8万円。サラリーマンの月給が1万円前後だか...